代替医療が広まった理由

「精神病治療の限界」

 特に精神疾患は、現代医学のアキレス腱です。患者数は増大する一方ですが、殆どの精神疾患の診断は、他の医科と異なり、検査によるデータがなく、医師の所見(主観)によってなされているのです。血液検査や脳波形といった数値でわかる生化学的・病理学的な数値としての決定的な証拠がないのです。精神というものを唯物論的に科学的な検証可能なものとして捉えることはできないのです。

 また、そのような検査データに基づかない精神科の診断が、本来は内科などの医科に関わる患者さんをも、精神科の治療に関わらせてしまっているのです。極端な言い方をすれば、青春期の悩み、失敗によるウツ、無理解による興奮、カフェイン摂取による不眠、栄養不足や摂食障害による感情の変動、不眠や病気による頭重・頭痛などは誰にでもありうるのです。

 その顕著な例が、ADHD(注意欠陥多動性障害)の病名です。この診断は次のようにされるようです。識別する力が健常の子供よりも早く尽きてしまい、無視するべき刺激にすぐ反応し、新しいものや面白そうなものに見境なく飛びついてしまう時があります。正常な子供はおもちゃを観察したり意見を述べたりしながら一つのおもちゃで長く遊ぶが、ADHDを持つ子供はすぐに他のおもちゃを手に取る傾向があるのです。成人においては、時間が守れない、物の整理や情報の管理ができない、大切なことを忘れる、見通しをつけるのが苦手で、衝動的に行動してしまう、注意力を持続することができない等、日常生活をきちんとこなす能力に欠陥が現れるとされます。先延ばしも問題になる場合が多く、本人が努力しようとしている場合でも、人と同じように行動できないことが多く、周囲の理解や本人自身の理解もないことが原因で、劣等感からうつ病や不安障害などの二次障害を生じる危険性が高いと言われます。

 精神科医を否定したり、非難したりする意図はなく、多くの精神科医が誠実かつ正当な医療診断をしておられますが、数多く来る患者さんとその家族は、原因分析的な回答を求める人が多く、そのような病名がつくことで納得するのです。変だと思われるでしょうが、実は自分の不可解な言動や体調について、診断をされて病名がつくと安心される患者さんや家族は多いのです。上記のADHDの説明では、ある程度誰にもありうることとですから読みながら「自分もADHDなのか?」と考えてしまった方も多いと思います。

 日本社会では、異常行動や精神病は非常に嫌がられ、親の責任などを問われます。ですから、誰かの責任が問われるような病名を嫌がるのです。そういう面で、精神疾患や異常行動は、精神科医としても治癒が難しいので、当人たちの責任がないと思われる病名をつけることがあるかもしれません。ADHDとかPTSD(心的外傷後ストレス障害)などというアルファベットの病名は、そのような経緯から付いた病名と言えるかもしれません。

 これらの理由で、多くの人が医師を介しない代替医療に逃れてしまっているのです。しかし、実際には高額な費用を取られて更に症状を悪化させてしまう例も少なくありません。それで、日本における代替医療の評価は低く、疑いの目で見られていたことは事実です。

 ところが、指摘したような保健医療の諸問題と健康ブームによる情報提供があいまって、代替医療がこれまでになく見直されてきたのです。私たちは、薬の代替療法としての栄養療法を取り入れていますが、実際には統合医療としての分子整合栄養医学を提言しています。つまり、通常医療の補完ではなく、通常医療をもその枠組みの中に含み、検査や薬物をも用いて全体を再構築しているのです。現代医学のパラダイム・シフト(支配的考え方の変化)を起こす必要があるのです。